福岡地方裁判所 昭和53年(ワ)1593号 判決 1980年2月14日
原告 南長廣
右訴訟代理人弁護士 春山九州男
被告 東福岡タクシー協同組合
右代表者代表理事 保井久
右訴訟代理人弁護士 吉野正
主文
一 当裁判所が昭和五三年一〇月五日言渡した手形判決(昭和五三年(手ワ)第一六三号)を取消す。
二 被告は、原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する昭和五三年五月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを六分し、その五を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
六 ただし、被告において金八〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項掲記の手形判決を取消す。
2 被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五三年五月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文第一項掲記の手形判決を認可する。
2 異議申立後の訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告東福岡タクシー協同組合(以下「被告組合」という。)の代表者保井久は、被告組合代表者名義で、次の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を振り出した。
金額 三〇〇万円
支払期日 昭和五三年五月一〇日
支払地 宇美町
支払場所 株式会社福岡銀行宇美支店
振出地 志免町
振出日 昭和五三年二月六日
受取人 森本勝
2 訴外森本勝は右手形を同勝目晋に、同人はこれを訴外野本政彦に、同人はさらにこれを原告に、それぞれ裏書譲渡した。
3 原告は、取立委任裏書により訴外正金相互銀行を介して、昭和五三年五月一二日右手形を支払場所に支払のため呈示したが、支払を拒絶された。
原告は、現に右手形を所持している。
4 仮に、訴外森本勝が本件手形を作成したものであるとしても、同人には手形振出の権限があった。
5 仮に、訴外森本勝に本件手形の振出権限がなかったとしても、同人は、被告組合の会計事務を担当し、被告組合の会計事務一般に関して小切手の振出、銀行への預金、金銭の受取証の作成など広範な代理権限を付与されて、これを実際に行使していたのであるから、本件手形振出行為の如きは、その代理権限を踰越してなされたものというべきところ、右森本勝は、被告組合の代表者印及び手形帳などを常時保管していたのであるから、原告が同人に手形振出の代理権があったと信ずるについて、正当な理由があった。
6 仮に、被告組合が本件手形上の義務を負わないとしても、訴外森本勝は被告組合の被用者にほかならないところ、その職務内容が前記主張した如き会計事務一般に及ぶ広汎なものである以上、同人が自己の保管していた被告組合の代表者印をほしいままに使用して本件手形を振出した行為は、被告組合の事業の執行につきなされた被用者の行為に該当する。しかして、原告は、右森本勝の手形偽造による不法行為に起因して、本件手形金及び利息額と同額の損害を被った。
7 よって、原告は、被告に対し、第一次的に、本件手形金三〇〇万円及びこれに対する満期日である昭和五三年五月一〇日から支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払を求め、第二次的に、不法行為に基づく損害の賠償として、右手形金及びその利息額と同額の金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項の事実は否認する。
本件手形が流通の過程におかれた経緯は、次の如きものである。すなわち、被告組合の事務員であった訴外森本勝は、昭和五二年一〇月頃から昭和五三年二月頃までの間に、被告組合代表者に無断で、訴外株式会社福岡銀行から手形用紙の交付を受けたうえ、被告組合事務所のロッカーに保管されていた同組合代表者の印鑑を盗用して、本件手形を偽造し、これを流通の過程においたものにほかならない。
2 同第2、第3項の事実は知らない。
3 同第4ないし第6項の事実は否認する。
4 同第7項は争う。
第三証拠《省略》
理由
第一 手形金支払の請求について
一 まず、本件手形が被告組合の振出にかかるものであるか否かについて検討する。
本件手形である甲第一号証の一のうち、振出人欄の被告組合代表者の名下の印影が同組合代表者の印鑑の押捺によって振出されたものであることについては、当事者間に争いがない。しかしながら、《証拠省略》を総合すると、本件手形は、昭和五三年二月六日、当時被告組合の事務員であった訴外森本勝が、訴外勝目晋の依頼により、被告組合理事長(代表者)の記名印及び印鑑を用いて、自己を受取人として作成した後、これに裏書をして右勝目晋に交付したものであることが認められる。そして、右森本勝が被告組合のため手形を振出す権限を付与されていたと認めうべきなんらの証拠もない。以上のところから、本件手形は、かえって、右森本勝の偽造にかかるものと認められ、同手形を被告組合が振出したことを肯認することはできない(従ってまた、甲第一号証の一のうち振出人欄の成立の真正も、首肯できないことに帰する。)。
二 次に、原告は、民法第一一〇条の適用又は準用により、被告組合において本件手形につき責任を負うと主張する。しかしながら、手形行為につき民法第一一〇条(表見代理)の規定を適用するに当って、手形行為の直接の相手方が、その行為当時代理権なきことを知っていたか、または過失により知らなかった場合には、たとえその後の手形所持人が代理権なきことにつき善意無過失であっても、民法第一一〇条の適用はないものと解するのが相当である。ところが、《証拠省略》を総合すれば、訴外森本勝の手形行為の直接の相手方であった訴外勝目晋は森本勝の右手形行為当時、同人に被告組合のため本件手形を振出す権限がないことを知っていたことが認められる。従って、その後本件手形を取得した原告において、同手形取得当時右森本勝に同手形振出の権限がないことを過失によらずして知らなかったとしても、民法第一一〇条の適用はなく、従って、被告組合は、原告に対し、本件手形上の責任を負うことはないものというべきである。
第二 損害賠償の請求について
一 被告組合の事務員であった訴外森本勝が、訴外勝目晋の依頼により、自己を受取人とした本件手形を偽造し、これに裏書をなして右勝目晋に交付したことは、前記認定のとおりである。
そして、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
すなわち、訴外森本勝から本件手形の交付を受けた勝目晋は、昭和五三年二月一六日、原告の知人訴外野本政彦に伴われて原告のところへ訪れ、原告に対し、本件手形の割引を依頼した。そこで、原告は、右森本勝のなした第一裏書に続けて、右勝目晋及び野本政彦に第二及び第三裏書をさせたうえで、本件手形を金二五〇万円で割引き、右勝目晋から同手形を取得した。原告は、右手形を訴外正金相互銀行に取立委任裏書し、同取立銀行は、昭和五三年五月一二日、これを支払場所に支払呈示したが、支払を拒絶された。
以上の事実が認められる。
もっとも、《証拠省略》によれば、原告は、訴外森本勝に対する詐欺被疑事件における司法警察員の取調べに対し、本件手形は原告が先きに訴外勝目晋に貸付けていた貸付金の支払確保の目的で徴したものであるかのように述べていることが明らかであるけれども、右認定に供した《証拠省略》と対比し、かつ、《証拠省略》によって窺われる、右森本勝が右勝目晋に本件手形の偽造を依頼された際の状況を参酌すれば、右甲第二二号証のみをもってしては、いまだ右認定を動揺させるに足らず、その他該認定と相容れない証拠は存在しない。
これに加えて、《証拠省略》によると、第一裏書人森本勝(本件手形の偽造者でもある。)には、本件手形の償還義務を果す能力がないものと認められ、また《証拠省略》によると、第二裏書人である訴外勝目晋及び第三裏書人である訴外野本政彦のいずれもが、本件手形が不渡りになる約一か月前から行方不明となり、昭和五四年三月現在もなお所在不明のままであることが認められ、反対の証拠はない。
以上の事実によると、原告は、訴外森本勝の不法行為(手形偽造)により手形割引金に相当する金二五〇万円の損害を被ったものと認められる。なお、原告は、本件約束手形金及び利息額と同額の損害を被ったと主張するが、右認定の額以上の損害を被ったことを認めるに足る証拠はない。
二 もっとも、原告が被告組合に対し、右損害の賠償を請求し得るためには、訴外森本勝の右不法行為が、被告組合の事業の執行について行なわれたと認められなければならないのであるから、進んでこの点について検討する。
《証拠省略》を総合すると、右森本勝は、被告組合の事務員をするかたわら、被告組合と密接な関係をもつ訴外東不動産有限会社の事務員をも兼ねていたが、被告組合の事務員としての職務内容は、各組合員から組合費や各組合員の経営するタクシー会社の使用した燃料の代金を徴収するとともに、自己の保管する被告組合理事長(代表者)の記名印及び印鑑を使用して被告組合名義の受取証を作成してこれを組合員に交付したり、右徴収した組合費を銀行に預金することのほか、右徴収した燃料代金を燃料会社へ支払うために、被告組合理事長(代表者)の指示と承認の下に被告組合理事長(代表者)の記名印や印鑑を使用して小切手を作成振出すなどの事務も包含されており、右森本勝が被告会社(及び前記東不動産有限会社)名義の約束手形を偽造するようになったのは、訴外勝目晋において、右森本勝がかように燃料会社に支払うべき被告会社名義の小切手を独りで振出しているのを目撃して、同人に右約束手形の偽造を懇願したことによるものであることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。
右認定の事実関係を基礎として考えるに、右森本勝の職務内容が右認定の如きものである以上、同人が本件手形を偽造した行為は、客観的に観察して同人の職務の範囲に属し、被告組合の事業の執行につきなされたものと判断するのを相当とする。
三 叙上みてきたところに従えば、被告組合は右森本勝の使用者として、同人が被告組合の事業の執行について原告に加えた前記損害を賠償すべき義務がある。
従って、原告の損害賠償の請求は、前記損害金二五〇万円及び前記損害の発生した日である昭和五三年二月一六日より後の同年五月一〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、これを超える部分は失当として棄却すべきである。
第三 よって、原告の請求をすべて棄却した本件手形判決は相当でないから、民訴法四五七条二項によりこれを取消し、訴訟費用の負担について同法九二条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 篠原曜彦)